1.労務管理とは
労務管理の前提にある企業活動は、「ヒト」「モノ」「カネ」から成り立っています。そのうちの「ヒト」の管理が労務管理です。
狭い意味では、労務管理とは、従業員の賃金・労働時間など労働条件一般、福利厚生、労使関係など、おもに組織労働者に対する集団的な管理を指します。個々の従業員に対する採用、配置、人事考課など、個別的管理を内容とする人事管理と区別されますが、両者は混同されて同じ意味に用いられることも多いです。
本項では、労務管理について、その概要を説明していきましょう。
2.労務管理の重要性について
労務管理における視点として、①従業員モラールの維持向上、②生産性の向上、③コンプライアンスの3つがあります。
- ①モラール(「モラル」ではありません)とは、目標を達成しようとする意欲や態度、勤労意欲、やる気のことです。
- ②生産性の向上とは、主に人員配置の適正化のことです。
- ③コンプライアンスとは、関連する法令を遵守し、企業リスクを回避することを指します。
すなわち、企業の大小にかかわらず、労務管理はきちんと法令を遵守する職場環境を構築し、モラール(全体の士気)を高め、社員の能力をフルに発揮させて、生産性を向上させることを目的としています。
以上の説明で、労務管理の重要性をご理解いただけると思います。しかし実際には、日々の経営課題を優先してしまい、労務管理を後回しにしてしまう経営者も多く、労使間の紛争に発展して初めて、労務管理の重要性に気付くことも多いようです。
そこで以下では、よくある労使間の紛争について説明していきたいと思います。
3.労使間紛争の種類について
(1)未払い残業代の請求とは
(ア)労使間の紛争でもっとも多い紛争類型の一つが、労働者から使用者側に対してなされる未払い残業代の請求です。
残業代には、法律で定められた労働時間の上限(1日8時間)は超えないけれど、①会社で定めた所定労働時間は超えている場合の残業代(「法定内残業代」といいます)と、②法律で定められた労働時間の上限を超えた場合の残業代(「法定外残業代」といいます)があります。
①法定内残業代については、割増賃金を支払うかどうかを会社が就業規則等で決定できますが、②法定外残業代については、類型ごとに割増賃金が定められています。
(イ)残業代請求に対し、企業側が定額の手当を支払うことで、残業代とみなしているから問題ないとか、管理職だから残業代は発生しないなどと主張することがあります。
しかし、現実の残業時間に応じて算定される残業代が、定額の手当を超える場合は差額を支払わないといけません。また、残業代を支払わなくてもよい「管理監督者」(労働基準法41条2項)にあたるかどうかは、会社での役職名ではなく、実際の職務内容に応じて判断されることになります。したがって、管理職だから残業代を支払わなくてもよいとは限りません。
(ウ)あとからトラブルになるのを防ぐためには、法律の専門家の意見を聞いた上で、ルール作りをすることが重要です。
(2)解雇無効の訴えとは
無断欠勤や社内外の人間とのトラブルなど、企業側から見ると問題の多い従業員はいるもので、会社を辞めて欲しいと思うケースも多いと思います。
しかし、現実には従業員を企業側の都合で一方的に辞めさせるのはとても難しく、両者の話し合いで退社してもらったと思っていても、あとから解雇無効を主張されるようなこともあります。
このような場合、仮に解雇が無効だったと判断されると、当該従業員が会社を辞めてから無効の判断がされるまでには、相当な期間が経過していると考えられます。企業側にすると、かなり大きな金銭的負担を強いられるリスクがあります。
そのようなことにならないよう、従業員を辞めさせることについては、十分に慎重な検討をするべきでしょう。
(3)その他
この他にも、パワハラやセクハラに関する問題、業務中の事故に関する問題、従業員の発明等の知的財産権に関する問題など、労使間で紛争になり得るケースは多数あります。
このような労務管理上の問題は、法律の知識が不十分な企業側の判断で処理されることも多く、そのような場合、従業員側がなんら行動を起こさない限りは、問題が顕在化することはありません。しかし、知らないうちに、法律上認められないような処理をしてしまっていることもあります。
あとから大きなトラブルにならないよう、正確な法律の知識を前提とした労務管理が重要です。
4.まとめ
労務管理に弁護士などの専門家が関わっていない場合、企業独自のルールに従って、労務管理を行っている場合があります。しかし、労働法の分野では、法律よりも従業員に不利な定めをすることができないものも多数あります。(いわゆる「強行規定」)
そのため、会社のルールに従って運営をしてきたはずが、逆に従業員から訴えられて、初めて法律違反であったことに気付くというようなことも起こります。場合によっては、経営を揺るがすような大きな損害が発生することもあります。
そのようなことにならないよう、この機会に専門家の意見も聞きながら、会社の労務管理の状況を再確認してみてはいかがでしょうか。
起こりうる事態を想定し、あらかじめそれに備えて予防策を講じておくことが、安定した経営のためには不可欠です。