1.悪質なケースも多い「未払い残業代」トラブル
昨今、社会問題にもなっている「残業代の未払い」は、悪質なケースも少なくありません。労働者は泣き寝入りしないためにも、残業代についての法的な権利の知識と正しい理解を身につけましょう。
(1)そもそも「残業」とは?
労働基準法では労働時間について、1日8時間、1週間40時間を上限と規定しています(休憩時間は除かれます)。これを「法定労働時間」といいます。
使用者は、事業所ごとに就業規則等で法定労働時間の枠内で労働時間を定める必要があります。これを「所定労働時間」といいます。
この所定労働時間を超えて労働することを「残業」といいます。
法定労働時間を超えて労働させるには、あらかじめ「三六(サブロク)協定」の締結と届出が必要となります(労働基準法36条)。
2.残業代について
(1)残業代の支払い義務について
法定労働時間と所定労働時間が一致している場合、所定労働時間を超えた労働には、「残業代(割増賃金)」を支払う義務が生じます。
ただし、所定労働時間を超えて労働しても法定労働時間内の場合(例えば、所定労働時間を1日7時間、1週間35時間と定めている場合など)は、直ちに割増賃金を支払う義務は生じません。
法定労働時間内であれば、残業に対して割増賃金を支払うかどうかは義務ではないからです。法定労働時間と所定労働時間が一致しない場合、その差分の残業代については使用者が就業規則等で自由に定めることができます。
(2)残業代には3種類ある
一口に「残業代」と呼びますが、3種類の割増賃金のことを指しています。
法定労働時間の枠を超える「時間外労働にかかる割増賃金」、法定休日の労働についての「休日労働にかかる割増賃金」、深夜(午後10時から午前5時まで)という特定の時間帯に着目した「深夜労働にかかる割増賃金」の3種類です。
(3)割増賃金の計算方法
割増賃金は、「1時間あたりの通常賃金×時間外労働などの時間数×割増率」で計算します。1時間あたりの通常賃金は、「1カ月の基本賃金÷1カ月の所定労働時間数」で算出します。
基本賃金とは「労働した場合に支払われるすべての賃金のこと」ですが、次の賃金等は除外することができます(労働基準法37条5項、同施行規則21条)。
- (ア)家族手当
- (イ)通勤手当
- (ウ)別居手当
- (エ)子女教育手当
- (オ)住宅手当
- (カ)臨時に支払われた賃金
- (キ)1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金
(4)割増率について
割増率については、以下のように定められています(労働基準法37条・割増賃金令)。
労働の内容 | 割増率 |
---|---|
時間外労働 | 25%以上 |
時間外労働 1カ月に60時間を超える場合(※1) |
50%以上 |
休日労働(※2) | 35%以上 |
深夜労働 | 25%以上 |
時間外+深夜労働 | 50%以上 |
休日+深夜労働 | 60%以上 |
- ※1 中小企業については、猶予されています。
- ※2 休日労働には所定時間という概念がないため、休日に8時間以上働いても時間外労働とはなりません。
(5)フレックスタイム制とは
フレックスタイム制とは、一定期間内に一定時間の労働することを前提に、各日の始業・終業時刻の決定を労働者に委ねる制度です。
一定期間の平均で労働時間が法定労働時間内に収まっていれば、仮にある週の労働時間が法定労働時間を超えていても労働基準法違反にはならず、時間外労働の割増賃金の支払い義務も生じません。
もっとも、休日や深夜の労働に対する割増賃金の支払い義務は免れません。
(6)裁量労働制とは
裁量労働制とは、実労働時間ではなく、あらかじめ定めた一定の時間を労働時間とみなす制度のことです。そのため、実労働時間が法定労働時間を超えても、割増賃金は発生しません。
厚生労働省令で定める特定の業務の中で、遂行に使用者が手段や時間配分について具体的な指示をすることが困難であり、従事する労働者の裁量に委ねる必要のある場合にのみ適用されます。
(7)管理監督者とは
管理監督者とは、労働条件や労働管理について経営者と一体的な立場にある者のことです。
経営者と同様に管理監督者には、法定労働時間について厳格な制限がないため、残業代や休日手当は生じませんが、労働時間と区別される深夜労働については適用されます。
管理監督者にあてはまるかどうかは、単に役職名だけではなく、自らの裁量で行使できる権限や責任の範囲、職務内容、勤務態様などふさわしい待遇をされているかどうかで判断されます。
3.未払い残業代の時効が3年に延長
- 残業代が生じると労働者は、使用者に対して残業代を請求する権利が得られますが、その権利には時効も設けられています。
- 2020年4月1日の民法改正により、残業代請求の消滅時効期間が2年から「3年」に延長しました(労働基準法115条)。
- ただし、3年の時効は2020年4月1日以降に支払われるはずだった賃金にのみ適用され、それ以前の未払い賃金について請求できる期間は2年間となります。これらの期間は、「支払われるはずだった給料日の翌日」から数えられます。
- 労働者保護の観点から、この規定については今後も延長の見直しが検討されています。
4.遅延損害金について
通常、借金の返済が遅れたら利息に加えて遅延損害金が発生します。
契約通りに支払われなかった残業代にも同様、遅延損害金として民事法定利率である5%の利率が発生します。営利目的の法人が結ぶ雇用契約について、つまりほとんどの会社員の賃金には商事法定利率が適用され、年利6%を請求できます。
労働者の退職後も支払いが行われない場合は、遅延損害金は14.6%の利率となります(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)。
5.付加金制度について
残業代未払いが悪質な場合、労働者の請求により裁判所が使用者に対し「付加金」の支払いを命じることができます。これを「付加金制度」といいます(労働基準法114条)。
付加金の限度額は、未払い金の2倍とされています。つまり「倍額支払い」という一種の制裁を課すことで、割増賃金等の未払いを防いでいるのです。