1.「懲戒処分」には紛争リスクも
懲戒処分とは、従業員の企業秩序違反行為に対して使用者が加える制裁罰のことです。違反行為の内容は服務規律違反、業務命令違反、信頼関係の破壊、企業の信用毀損などがあり、違反の程度により懲戒処分の内容も異なります。
懲戒処分にも法律上のルールがあります。度を超えた処分や正しい順序を踏まない処分には、逆に従業員から訴訟を起こされることにもなりかねません。
実際、懲戒処分をめぐるトラブルは多く、使用者にとって避けられない問題のひとつとも言えます。
ここでは、懲戒処分について詳しく解説していきましょう。
2.懲戒処分の目的
労働契約を締結して雇用されることで、労働者は使用者に対して労務を提供する義務と同時に企業秩序を遵守すべき義務も負います。
使用者は「企業秩序を維持し、円滑な運営を図ること」を目的として、企業秩序違反行為を行った労働者には一種の制裁罰である懲戒処分を課すことができます(最判昭和58年9月8日)。
3.懲戒処分に関するルール
(1)懲戒処分が有効であるために必要なこと
懲戒処分には「客観的に合理的な理由があること」が必要です。
使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ「就業規則」に懲戒の種別や事由を明確に定めておく必要があります。また、その内容を労働者に周知させなくては、規範としての拘束力を生じません。
(2)懲戒処分の該当性判断と禁止事項
就業規則に定められている事由は、広範で包括的な文言を用いられることが多いため、当該行為が懲戒事由に該当するか否かの判断は、合理的な限定解釈を加えることになります。
また、懲戒処分については以下禁止事項も定められています。
(ア)不遡及の原則および二重処罰の禁止
過去に懲戒の対象となった行為については、重ねて処分することは許されません。新たに設けた懲戒規定が適用される場合も同様です。
(イ)懲戒処分事由の事後的追加の禁止
懲戒処分後に判明した新たな非違行為を、使用者が懲戒事由として主張することはできません。
「懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の有効性を根拠付けることはできない」としています(最判平成8年9月26日)。
(3)懲戒処分の相当性について
課される懲戒処分は、労働者の懲戒事由の程度や内容に照らして相当なものである必要があります(相当性の原則)。また、同種の非違行為に対しては、同等のものでなければなりません(平等取扱いの原則)。
つまり、懲戒処分については「先例を尊重すること」を要請されます。
非違行為の発生時期と懲戒時期が離れている場合には、処分時点において当該処分を必要とする客観的かつ合理的な理由が必要となり、社会通念上相当と認められなければ有効とはなりません。
(4)懲戒処分の適正な手続き
懲戒処分が有効とされるための手続きとして、「本人の弁明の機会」は規定の有無を問わず必要で、かつ実質的に行われなくてはなりません。
また、懲戒手続きにおける調査においても、労働者の協力が必要かつ合理的な場合と、労働者が誠実に対応しない場合では、使用者の対応もそれに応じたもので許される場合があります。
4.懲戒処分の種類とその内容
懲戒処分には、口頭による注意である「戒告」「譴責(けんせき)」からはじまり、「減給」「出勤停止」「降格」「解雇」まであり、後者になるほど重い処分となります。
(1)戒告・譴責(けんせき)
戒告処分・譴責処分は最も軽い懲戒処分で、口頭あるいは文書によって将来を戒めるものになります。戒告処分・譴責処分は使用者の裁量権の範囲内にあるとされ、相当性が認められることが多くなります。
(2)減給
減給処分とは、本来支払われるべき賃金額から一定期間、一定額を控除するものです。賃金は労働者の生活の基盤であることから、制裁が過度に及ばないよう、労基法上の制限があります(労基法91条)。
(3)出勤停止
出勤停止処分は、労働契約を継続しつつ、制裁として一定期間、労働者の就労を禁止するものです。停職処分、懲戒休職処分ともいいます。出勤停止期間中は賃金が支給されず、勤続年数にも通算されません。
賃金という最も重要な労働条件の剥奪を伴う制裁であることから、相当性には懲戒事由の重さや期間の長さ等を考慮して、慎重な判断がなされなければなりません。
(ア)自宅待機命令は出勤停止とは異なる
処分を決定するまでの間など、一定期間就労を禁止する暫定的措置として行われる「自宅待機命令」は、一般的に期間が1週間程度のように短く、賃金が支払われることも多いことから、出勤停止とは区別されています。
自宅待機命令は、主に非違行為の調査を前提として、証拠隠滅等を防ぐため、重大な処分の調査のために行われますが、使用者は就業規則にある根拠や手続きを要することなく、業務命令の一つとして発することができます。
(4)降格
降格とは、役職上の地位・格付けを下げることですが、懲戒処分としての降格は、就業規則上の根拠を要するとともに、懲戒事由該当性および相当性の判断に服さなければなりません。
就業規則上の特別な根拠なく行うことができる、人事制度における人事権の行使としての降格命令とは、原則として異なります。
(5)解雇
解雇処分は最も重い懲戒処分であり、退職金の不支給など労働者にとって大きな不利益を伴うことが多く、再就職にも不利になります。
懲戒解雇であっても解雇の一種なので、「解雇予告制度」の適用を受けることになります。少なくとも30日前に解雇の予告をしなくてはならず、それに満たない場合、会社側は30日に不足する平均賃金を労働者に支払わなければなりません。
(ア)懲戒解雇事由の該当性について
懲戒解雇事由に該当するためには、形式的に文言に該当することだけでは足りず、より実質的に性質的におよび態様的に該当しているかを判断しなくてはいけません。
当該会社の企業秩序を現実に侵害する事実が発生している、かつ、その現実的な危険性を有していることが必要となります。
(イ)懲戒解雇である相当性
重大な処分であることから、相当性や手続きの適正さについて厳しいチェックが必要です。
客観的な相当性として、「制裁」として労働者を排除しなければならないほどの重大な義務違反であったか、業務阻害を伴い、職場規律上の実害の発生があったかが問われます。
(ウ)退職金の不支給
懲戒解雇が有効であるとしても退職金の不支給や減額が認められるのは、これまでの勤続の功労を帳消しにする、あるいは減殺してしまうほどの違反行為があった場合に限られます。
退職金は賃金の後払い的性格を有し、生活を保障する面があるからです。
またその前提として就業規則や退職金規程などに、懲戒解雇に伴う退職金の不支給や減額措置についての規定が存在する必要があります。